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[第10話]ホ(スピ)テル

大学病院から出張で、能登半島の端っこにある輪島市内の病院に行っていた頃に知った話である。輪島市は、北陸路巡りの一環として能登半島一周する場合、宿泊地としてちょうど都合のよい位置にある。

夏ともなれば、能登半島は若い男女の旅行客であふれる。本稿旅行者の患者は、何故か独身の女性の二人連れが多い。

訴えは腹痛、頭痛、吐き気、などが一般的で、とても辛そうにする(敵もさるもの、客観的に証明し難い症状が揃っている)。夕方にやって来る。入院を強く希望する。その際、片方は必ず付き添いを希望する。旅行者にしては不自然にも必ず保健証を持っている。血液検査やX線検査を極度に嫌う。病人のくせに食事はきれいにたいらげる。夜は二人ともよく眠る。翌朝になると、症状は嘘みたいに消えている。朝食を済ませて直ぐ退院になる。

食事が豪華版でない事に目をつむれば、ひとり分の入院治療代プラス付き添い人の寝具、食事代の合計はホテルよりかなり格安である。事の成りゆき上、1本くらいは点滴をされることもあろう、何てたって本当に病気になっても、主治医は同じ屋根の下にいる安全な宿である。もったいないことに、何もなくても、熟睡中の夜中には、1~2回のナースの見回りサービス付きである。

輪島の病院には、毎年夏がやって来ると、必ずこの種の患者が何人か入院するという。

私は病院を退院した後、翌日のホテルでの病人と付き添い人の配役分担、入院費ワリカンの実体、などにとても興味があったがその情報は得られなかった。

私の知人で夏に日本一周旅行をした際、夜はほとんど行く先々の大きな病院の廊下にあるソファーの上を、ホテル代わりにしてした賢い人物がいた。もちろん無断宿泊である。もっともこれは病人にならないから食事は出なかった。彼は私に

「お前、蚊取り線香、あれは持っていかんと大変だ」

と教えてくれた。

考えてみれば、大きな病院内は安全で、外部に対してかなり無防備である。夏の蒸し暑い晩、入院患者の本当の付き添い人などが廊下に出て、ソファーに寝そべっている光景は、病院スタッフにとってそれほど奇異には写らない。仮に部外者が紛れ込んでいたとしても、よっぽどの身なりでもない限り

「貴方は誰ですか?」

とは聞かれない。

大きな病院には、あちこちに訳の分からない出入り口がいっぱいあり、そこを、白衣を着ない私服の職員はもちろん、患者の付き添い人、見舞客、薬剤メーカーの人、医療器具メーカーの人など、幅広い人種が夜昼なく行き来している。そんな中で、寝間着以外の服装をした人物の氏、素性を判別するのは極めて難しい。こんな特殊性を有する建物は他にちょっと見当らない。

そのほかに、入院患者は比較的現金を手元に置いている事が多い、という点に注目する人の何人かは、病院専門の泥棒になるのだが、その話はまた別の機会にするとしよう。

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