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[第9話]内診台

いまどき病院に来るのに和服のいでたちの人は少ない。

その人は初診時からずっと和服で出入りした。和服に慣れた、料理屋の仲居をしている一児の母で、静さんといった。痛くも痒くもなくて血尿が出没するという訴えで、何度か内診台の人となった。

ある日、何度目かの膀胱の検査を済まし、静さんは何ごともなかったように帰っていった。

病院の外来は3階であった。静さんはエレベーターを使って下の玄関口まで降りようとした。その時運良く?エレベーターは上に向かって動いていた。静さんはエレベーターを待たずに、階段を使って下方面に移動した。足元から女の中心に入り込む風の感じが、いつもと違う感じがした。さらに23段降りてみて、はっきり違うと確信した。何分かのためらいの後、再び泌尿器科の受付に戻って来た。

「あのう、内診台の横のカゴの中に何かありませんでしたあー?」

ナースは聞き直した。

「はあ、カゴの中ですか。今、男の人が検査中なんですけどねー」

検査終了を待つ気配はない。

「あの、私のもの、何かありませーん?」

事態の収拾を急ぐ声が続いた。

ナースはカゴの中を調べ始めた。フンドシやら腹巻きやらの下になって、明らかにそのおじいちゃんの所有物ではない、薄い色のパンティが1枚見つかった。

「これですか」

「あ、それそれ、私の」

そのとき、私はとても忙しかったが、静さんが受け取ったブツをくるくると丸めるとハンドバッグにねじ込んで、そのまま帰っていくのを盗み見ることができるくらいは暇だった。

以来、パンティ事件の静ちゃんということで妙に親しみを覚え、その料理屋さんには何度か足を運ぶことになった。そして、そこのご主人やら、他の仲居さんともすっかり顔なじみとなった。

それから6年ほどの月日が流れ、静ちゃんは泌尿器科のガンで亡くなった。その間には何度か入退院が繰り返され、いろんな治療がなされ、いろんな会話が交わされたが、なぜか今は、受付に戻ってきたときの、あの顔だけが思い出される。

それから、時を前後してその料理屋もなくなり、何とも淋しい限りとなった。



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